大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成2年(行ウ)6号 判決

原告

野村孜子

右訴訟代理人弁護士

丹羽雅雄

大川一夫

被告

大阪府選挙管理委員会

右代表者委員長

前田進郎

右訴訟代理人弁護士

井上隆晴

右指定代理人

坂入冨士雄

外三名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、平成元年七月三日付けでした公文書非公開決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、大阪府の区域内に住所を有する者であり、被告は、大阪府公文書公開等条例(昭和五九年三月二八日大阪府条例第二号。以下「本件条例」という。)二条四項の実施機関である。

2  原告は、被告に対し、平成元年六月一九日付けで、本件条例七条一項に基づき、政治資金規正法の適用を受ける特定の八政治団体が同法の規定により被告に提出した昭和六一年分(本件請求ではその一部)及び昭和六二年分の収支報告書(以下「本件請求文書」と総称する。)の写しの交付による公開(以下、政治資金規正法規定の収支報告書の写しの交付による公開に係る事務を「本件公開事務」という。)の請求(以下「本件請求」という。)をした。

3  被告は、原告に対し、同年七月三日付けで、本件請求について、政治資金規正法に係る事務は、地方自治法一八六条三項により、国から都道府県選挙管理委員会にその管理が委任されている機関委任事務であるところ、自治省選挙部政治資金課長から各都道府県選挙管理委員会の書記長に対し発せられた昭和六〇年五月二四日付け事務連絡において、政治資金規正法二一条二項につき、収支報告書の閲覧は認められるが、同文書の写しの交付は認められない旨の解釈が示されており、同文書の写しの交付をしてはならない旨の国からの「明示の指示」があるので、本件請求には本件条例九条三号が適用されるとの理由で非公開決定(以下「本件処分」という。)をした。

4  原告は、被告に対し、平成元年八月二五日付けで、本件処分について、異議申立てをしたが、被告は、同年一二月六日付けで、右異議申立てを棄却する旨の決定をし、右決定を記載した書面は、同年一二月七日、原告に到達し、原告は、平成二年一月三〇日、本訴を提起した。

5  本件処分は、本件条例九条三号の解釈適用を誤った違法なものである。

6  よって、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  同5は争う。

三  被告の主張

1  本件公開事務は機関委任事務であること

地方自治法別表第三、三、(二)に掲げられているとおり、政治資金に関する収支報告書の公開に関する事務は、地方自治法一八六条一項、三項に基づき、都道府県選挙管理委員会が管理しなければならない国の事務であり、いわゆる機関委任事務であって、本件条例九条三号の「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務」(機関委任事務)に当たる。

2  同号の「主務大臣等から」の「公にしてはならない旨の明示の指示」の存在

(一) 自治省選挙部政治資金課長は、被告を含む各都道府県選挙管理委員会の書記長に対し、政治資金規正法二一条に関して、収支報告書等の閲覧において収支報告書等を複写機又は写真機より写すことは消極に解する旨記載した「政治資金規正法関係質疑集」と題する文書(〈書証番号略〉以下「本件文書(一)」という。)を昭和五四年五月二八日付けで送付している。

(二) また、同課長は、同各委員会の書記長に対し、同条に関して、地方公共団体が政治資金規正法において閲覧の対象としている収支報告書について条例に基づき写しの交付をすることはできないと解する旨記載した「政治資金規正法関係質疑集」と題する文書(〈書証番号略〉以下「本件文書(二)」という。)を昭和六〇年五月二四日付けで送付している。

(三) 本件文書(一)及び本件文書(二)(以下「本件各文書」と総称する。)の右各送付によって、被告に対して収支報告書の写しを交付してはならない旨の指示がなされており、この各指示(以下、本件文書(一)の送付による指示を「本件指示(一)」と、本件文書(二)の送付による指示を「本件指示(二)」といい、本件指示(一)及び本件指示(二)を「本件各指示」と総称する。)は、本件条例九条三号の「主務大臣等から」の「公にしてはならない旨の明示の指示」に当たる。

3  よって、本件処分は、本件条例九条三号に基づき適法になされたものである。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1、2(三)はいずれも争う。

2  同2(一)、(二)の各事実は認める。

五  原告の反論

1  本件公開事務は固有事務であること等(被告の主張1に対して)

(一)(1) ある特定の事務が機関委任事務とされ、その事務に対する国の関与が留保される理由は、①同事務が専ら国のみの利害に関係し、地方の利害に無関係であるからか、②同事務について国が一定水準を維持し、全国平均して統一的・画一的に処理する必要があるからか、③同事務について国が少なくとも最低水準を維持することを必要とするからである。

(2) しかるに、本件公開事務のように、政治資金規正法上収支報告書の閲覧が認められ、同文書が公開されることを前提とし、その公開方法として写しを交付するという内容の事務は、右①ないし③のいずれの場合にも該当せず、機関委任事務とすべき実質的根拠は認められない。

(3) したがって、むしろ、「地方自治の本旨」(憲法九二条)に基づき、本件条例が制定され、同条例二条二項、一二条ないし一四条において公文書の公開方法について写しの交付を当然に認めている趣旨に照らすと、本件公開事務は、機関委任事務ではなく当該実施機関たる被告固有の事務であるといわねばならず、本件条例九条三号は適用されない。

(二) 仮に本件公開事務が機関委任事務であるとしても、地方自治法や国家行政組織法の諸規定も、機関委任事務に関し知事等が第一次的には自らの判断と責任において管理執行することを予定していること、また、機関委任事務といえども地方公共団体の本来の自治事務と密接に関係しており、当該事務処理に際しては各地方公共団体の実態を最大限考慮しなければならないところ、大阪府においては住民の「知る権利」を実現するという重要な目的のために本件条例が制定されており、かかる実態を十分に考慮すべきであることに照らすと、本件条例に基づく情報公開事務については、当該実施機関の判断を国等の判断に優先させるべきであり、本件条例九条三号は適用の余地がない。

2  本件各指示の本件条例九条三号の「公にしてはならない旨の明示の指示」への不該当(被告の主張2(三)に対して)

(一)(1) 自治省作成文書の各機関への送付が同号の「指示」に当たるか否かは、当該文書の表題、発行記録、発行者、発行者の押印の有無、文書の内容等を総合的に検討し、判断する必要がある。

(2) しかるに、本件各文書は、表題も「質疑集」と記載されているのみであり、発行記録も「事務連絡」と記載され(ただし、本件文書(二)について)、発行者である自治省選挙部政治資金課長の課長印も押印されていないなど文書の形式自体整っておらず、その内容も、収支報告書の写しの交付ができるか等の質問に対し、「できないと解する。」等と記載されているだけで、その理由については何ら触れられていない。

(3) したがって、このような本件各文書の形式、内容等に照らすと、同文書は、自治省の政治資金規正法についての法律解釈を示したものにすぎず、本件各指示をもって同号の「指示」に当たるものということはできない。

(二)(1) 機関委任事務といえども、委任者たる国等が地方の受任機関等を無限定に指揮監督できるものではなく、その指揮には実質的合理性が必要であるとともに、住民の「知る権利」の保障という本件条例の制定目的の重要性に照らし、「知る権利」に対する制約たる公開除外事由への該当性については厳格に解釈すべきである。これらのことからすると、同号の「明示の指示」に該当するためには、その指示自体に合理的、具体的理由の存することが必要であるといわねばならない。

(2) しかるに、本件各文書は、いずれも写しの交付について、できないと解する旨記載しているのみで、その解釈の合理的、具体的理由はまったく示されていない。

政治資金規正法制定当時とは異なり、現代の高度情報化社会の中で、複写機の利用はもはや常識であり、市民の政治参加に資するという同法の趣旨を考えれば、同法二一条二項の「閲覧」には写しの交付も含まれると解するのが合理的である。現にマスコミ関係者には写しが交付されている。

したがって、本件各指示には、何ら合理的、具体的理由はないものといわねばならない。

(3) よって、本件各指示は、同号の「明示の指示」には当たらない。

(三)(1) 本件条例二条二項において「公文書の公開」とは、公文書を閲覧に供し、又はその写しを交付することをいうものとされているので、同条例九条本文の「公文書の公開をしてはならない。」との文言は、公文書を閲覧させ、かつ、その写しを交付してはならないとの意味に解すべきである。

(2) そして、同条三号にいう「公にしてはならない」との文言は、右「(公文書の)公開をしてはならない」との文言と同義であるから、「公にしてはならない」との文言も、文理解釈上、閲覧させ、かつ、その写しを交付してはならないとの意味に解すべきである。

(3) しかるに、本件各指示は、いずれも閲覧が認められている文書の写しを交付することができないという指示であり、閲覧させることまでも禁止するものではないから、本件各指示は、同号の「公にしてはならない」旨の指示には当たらないものといわねばならない。

五  原告の反論に対する被告の認否及び再反論

1  原告の主張はいずれも争う。

2  原告の反論1(一)に対して

ある特定の事務が、機関委任事務であるか否かは、法律の規定により決定される立法政策の問題であり、法律の文言を離れて一般的な理由をもとに機関委任事務か否かを論じ得るものではない。

3  原告の反論1(二)に対して

機関委任事務については、地方自治法上、主務大臣の指揮監督を受けることが明記されており、本件公開事務について実施機関の判断が優越することはない。

4  原告の反論2(一)に対して

通常、自治省に対する質疑については「……と解する。」との表現のもとに回答が示されるが、それは回答者たる自治省の意見、見解を示したものであり、また自治省はその質疑回答を各都道府県に送付することによって当該事務の統一的な処理を指揮しており、政治資金規正法の運用についても、従来から自治省選挙部政治資金課において、本件各文書のような質疑集の形式でこれを取りまとめて回答者たる自治省の意見、見解を示すと同時に、同質疑集を各都道府県選挙管理委員会に通知することにより、全国統一的な事務処理を指揮しており、本件各指示も、かかる指揮の一環であって、本件条例九条三号の「指示」に当たる。

5  原告の反論2(二)に対して

本件条例における公文書の公開を請求することができる権利は、憲法上の「知る権利」から直接導き出されるものではなく、本件条例において初めて具体的な権利として創設され、存在するに至ったものである。

したがって、本件条例で定められた範囲においてのみ、他の法令に抵触しない範囲で公文書の公開が認められるものであり、非公開規定を制限根拠ととらえて殊更厳格に解釈しなければならないものではない。

また、機関委任事務については、地方自治法上、主務大臣の指揮監督を受けることが明記されており、本件条例九条三号がそれとの調整を図った規定であることからすると、同号に該当するためには、主務大臣等からの明示の指示があれば足り、それ以上に、指示についての合理的、具体的理由を要するものではないことは、同条の規定からも明らかである。

6  原告の反論2(三)に対して

本件条例二条二項において、「公文書の公開」とは「公文書を閲覧に供し、又はその写しを交付すること」をいうとされており、本件条例九条の「公開してはならない文書」にその写しを交付してはならない文書が含まれることは規定上明らかである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

二本件処分の適法性(請求原因5、被告の主張、原告の反論及び被告の再反論)について

1  本件処分は、本件条例九条三号に基づき非公開を定めたものであるところ、本件条例九条は、三号において、「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務に関して、主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示がある情報」を挙げ、この「情報が記録されている公文書については、公文書の公開をしてはならない。」と規定している。

これは、「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務」、すなわち、いわゆる機関委任事務に関する情報についても本件条例による公開の対象となることを前提としつつ、他方、機関委任事務における委任者たる国等の指揮監督権を公文書公開の場面においても保障するために、右指揮監督権に基づき「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」がなされた場合には、その指示を尊重して公開できないことを定めたものであると解される。

そこで、本件においては、本件公開事務が、同号の「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務」(機関委任事務)に当たるか(争点1)、また、同号の「公にしてはならない旨の明示の指示」が認められるのか(争点2)の二点が問題となる。

以下、右各争点につき検討する。

2  争点1について

(一)  被告の主張1について

地方自治法一八六条一項は、「選挙管理委員会は、法律又はこれに基づく政令の定めるところにより、……国、他の地方公共団体その他の公共団体の選挙に関する事務及びこれに関係のある事務を管理する。」と規定し、同条三項は、「第一項の規定により選挙管理委員会の権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務の中で、法律又はこれに基づく政令の定めるところにより選挙管理委員会が管理しなければならないものは、……都道府県の選挙管理委員会にあっては別表第三……の通りである。」と規定し、同規定を受けて同法別表第三、三、(二)は、「政治資金規正法の定めるところにより、……政治資金に関する報告書の……公開に関する事務を行」うことを掲げている。

同法一八六条三項が規定する右「選挙管理委員会の権限に属する国、他の地方公共団体その他公共団体の事務の中で、法律又はこれに基づく政令の定めるところにより選挙管理委員会が管理しなければならないもの」とは、いわゆる機関委任事務であって、本件条例九条三号の「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務」にほかならない。

したがって、別表で掲げられた右「政治資金に関する報告書の……公開に関する事務」も、本件条例九条三号の「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務」に当たるところ、本件公開事務が、右「政治資金に関する報告書の……公開に関する事務」に含まれることは明らかであり、本件公開事務は、本件条例九条三号の「法律又はこれに基づく政令の規定により知事その他の執行機関の権限に属する国等の事務」に当たるものと解される。

(二)  原告の反論1(一)について

原告の反論1(一)は、収支報告書の公開に関する事務のうち写しの交付については、機関委任事務ではないと解すべきである旨主張するものと理解することができるが、そのように限定的に解することは、前示の「政治資金に関する報告書の……公開に関する事務」と特段の限定を付することなく規定している地方自治法(別表)の規定にそぐわないうえ、原告が主張する実質的根拠に乏しい等の理由も直ちに賛同することができるものではなく、原告の反論を採用することはできない。

なお、〈書証番号略〉(播磨信義神戸学院大学教授の意見書)には、もし政治資金規正法において収支報告書の公開について何ら規定をしていないとすれば、同報告書の公開に関する事務が機関委任事務となることはなく、したがって、被告は本件公開事務について国から「指示」を受けることもなく、本件条例により当然公開されることになるのに、同法に収支報告書の「閲覧」に関する規定があるがゆえに、同報告書の公開に関する事務が機関委任事務とされ、本件公開事務について「指示」を受けて公開できなくなるというのは、公開を是認する立場を採っている同法の趣旨に反する結果となり、論理的に矛盾すると主張するが、右主張は、現行法を前提としない仮定に基づく議論であって、これを採用することはできない。

(三)  原告の反論1(二)について

前示のとおり、本件条例が委任者たる国等の指揮監督権と尊重して、本件条例九条三号を置いている以上、本件公開事務を含む本件条例に基づく情報公開事務について、当該実施機関の判断を国等の判断に優先させるべきである旨の主張は成り立たないものといわねばならない。

3  争点2について

(一)  被告の主張2(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

(二)  被告の主張2(三)について

(1)  前示のとおり、本件条例九条三号は、機関委任事務における委任者たる国等の指揮監督権を公文書公開の場面においても保障するために、右指揮監督権に基づき「主務大臣等から公にしてはならない旨の明示の指示」がなされた場合には、その指示を尊重して公開できないことを定めたものであるから、ある行為が同号の「指示」に当たるか否かは、右指揮監督権の行使としてその行為がなされたどうかによって判断すべきである。

ところで、〈書証番号略〉、証人桝谷真一の証言及び弁論の全趣旨によると、①従来から、自治省は、機関委任事務等の運用上の法律問題等に関する個々の質問に対して「……と解する。」との表現のもとに回答を示す形式で自治省の意見、見解を明らかにするとともに、その質疑回答を各都道府県に送付することによって当該事務の統一的処理を図ってきており、政治資金規正法の運用についても、自治省選挙部政治資金課において、本件各文書のような質疑集を作成して、それにより自治省の意見、見解を明らかにするとともに、同質疑集を各都道府県選挙管理委員会に送付することにより、政治資金規正法三〇条の指揮監督権に基づき、全国統一的な事務処理がなされるよう指揮してきたこと、②他方、被告も、従来から、右質疑集の送付を受けた場合には、同質疑集に記載されている問題について自治省の解釈に従う事務の運用ないし判断をしてきたこと、③被告の事務局主幹である桝谷真一が、本件請求の後、平成元年六月、自治省選挙部政治資金課の鷺坂課長補佐に対し、本件各文書の送付を自治大臣の指揮監督権に基づく指示と解釈してよいのかについて問い合せたところ、同課長補佐は、本件各指示は指揮監督権に基づく指示である旨回答したこと、④その後、桝谷真一が、本件処分に対する原告の異議申立てについての公文書公開審査会の審議が進む中で、再度、自治省選挙部政治資金課長井戸敏三に同様の確認をしたところ、同課長も、鷺坂課長補佐の前記回答と同旨の回答をしたこと、⑤さらに、本件訴え提起後も、被告が、右井戸課長に対し、平成二年七月一一日付け書面(〈書証番号略〉)により、本件各文書の送付という通知の形式の位置付け及び本件文書(一)と本件文書(二)の関係について照会したところ、同課長から、平成二年七月二一日付け書面(〈書証番号略〉)により、地方自治法一五〇条を準用する同法一九二条及び政治資金規正法三〇条により都道府県選挙管理委員会に対し指揮監督権を有する自治大臣が同法の適正な執行と全国統一的な事務処理を図るため、同法の収支報告等に関する事務の運用解釈上生じる疑義のうち全都道府県に共通する重要な事項について、質疑集の形式でこれを取りまとめ、各都道府県に通知しているものである旨及び本件文書(二)は本件文書(一)の趣旨をさらに明確にするために発したものである旨の回答を得たことが認められる。

右認定の各事実に照らすと、本件各指示は、自治大臣の指揮監督権に基づき発せられたことは明らかであり、本件条例九条三号の「指示」に当たるものというべきである。

(2)  また、本件各指示は、本件各文書の送付をもってなされており、しかも、本件各文書に示された指示内容は、政治資金規正法上閲覧の対象とされている収支報告書を複写機又は写真機により写すことはできず、また、同文書の写しを交付することはできないとするものであって、一義的に明確であり、本件条例九条三号の「指示」に要求される「明示」性に欠けるところはない。

(3)  さらに、本件条例二条二項において「公文書の公開」とは、公文書を閲覧に供し、又はその写しを交付することをいうものとされており、本件各指示のように写しを交付してはならない旨の指示は、「公にしてはならない旨」の指示に当たる。

(4) したがって、本件各指示は、本件条例九条三号の「公にしてはならない旨の明示の指示」に当たるものといわなければならない。

(三)  原告の反論2(一)について

前示のとおり、本件条例九条三号の「指示」に当たるか否かの判断においては、指揮監督権の行使としてなされたものか否かが重要であり、指揮監督権行使の趣旨でなされたものか否かの判断において、当該文書の表題、発行記録、発行者の押印の有無、文書の内容等も参考になるとしても、本件では、前記認定のように、指揮監督権の行使として本件各指示がなされたことは明らかであって、たとえ本件各文書が、表題も「質疑集」と記載されているのみであり、発行記録も「事務連絡」と記載され(ただし、本件文書(二)について)、発行者である自治省選挙部政治資金課長の課長印も押印されておらず、その内容も、結論が記載されているだけで、その理由については何ら触れられていないとしても、そのことのゆえに、本件各指示が同号の「指示」でないことになるものとは到底いうことができず、原告の反論は採用できない。

(四)  原告の反論2(二)について

(1) 政治資金規正法三〇条により、自治大臣は、同法の執行に関し必要があると認める時は、都道府県の選挙管理委員会を指揮監督することができ、また、地方自治法一五〇条を準用する同法一九二条によっても、自治大臣の指揮監督が規定されているのであるから、自治大臣の指揮監督が違憲又は違法である場合は格別、そうでない限り、選挙管理委員会は、その指揮監督に従わなければならないものと解される。したがって、機関委任事務といえども、委任者たる国等の受任機関への指揮には実質的合理性が必要であるとの原告の反論は、その指揮が違憲又は違法なものであってはならないという限度では、これを採用することができるが、さらに進んで指揮の当不当まで問題にすべきであるとの見解であるとすれば、これに賛同することはできない。

(2) また、本件条例で規定する公文書の公開を求める権利は、憲法二一条で保障された国民の知る権利に資するものではあるが、憲法から直接導き出されるものではなく、本件条例により創設的に認められたものというべきである。

そうすると、いかなる公文書を開示の対象とするかは、条例の制定権者が決定すべき立法政策上の問題であり、非開示事由の要件に該当するか否かの判断においても、その規定の文理及び趣旨に照らして判断されるべきで、それ以上に、文理及び趣旨を超えて限定的に解釈すべき理由はない。

(3)  本件条例九条三号には、「明示の指示」が違憲又は違法である場合には、同号にいう「明示の指示」には当たらない旨の規定はないが、右(1)で述べたところからすると、そのことは当然の前提として規定されなかったと解することができ、「明示の指示」が違憲又は違法な場合には同号にいう「明示の指示」には当たらないものというべきである。

(4) そこで、本件各指示が違憲又は違法なものであるかについて判断する。

① まず、本件各指示が憲法に違反するとは認められない。

② 政治資金規正法二一条二項においては、「閲覧を請求することができる。」と規定し、写しの交付については、明文上何らの規定も設けられていないところ、一般に法文においては、「閲覧」と「写しの交付」とは区別して用いられており、「閲覧」の中に「写しの交付」も含まれているとの解釈を採ることはできない。

しかしながら、同法上、「写しの交付」を積極的に禁ずる規定もなく、政治団体及び公職の候補者が政治活動に要した資金の収入及び支出の状況を公開し、国民の不断の監視と批判の下に置くことにより不正あるいは不当な政治資金の授受を未然に防止し、もって政治活動の公明と公正を確保しようとする政治資金規正法の趣旨に照らすと、同法が右趣旨に合致する「写しの交付」等を積極的に禁じているものとまではみることはできず、「写しの交付」を認めるか否かは収支報告書の公開事務を担当する機関(自治大臣又は都道府県の選挙管理委員会)の裁量に委ねられているものと解するのが相当である。(現に、〈書証番号略〉及び原告本人尋問の結果によると、自治省は、報道関係者に対し、収支報告書について謄写を容認していることが認められる。)

そこで、本件各指示に右裁量権の濫用・逸脱があるということができるかが問題となるが、政治資金規正法は閲覧を認める規定しか置いていないことからすると、一応は閲覧のみで足りるとの政策判断があるものと解されるのであり、原告主張の複写機の利用の拡大という事情や同法の右趣旨を考慮しても、なお、本件各指示について右裁量権の濫用・逸脱があるものとまでは認められない。

したがって、本件各指示が違法であるということもできない。

(五)  原告の反論2(三)について

本件条例九条三号は、前示のとおり、国等の指揮監督権を尊重する趣旨であり、このような趣旨に照らすと、同号にいう「公にしてはならない」との文言も、原告が主張するように、閲覧させ、かつ、その写しを交付してはならないとの意味に限定的に解する理由はなく、むしろ、閲覧させ、又は、その写しを交付してはならないとの意味に解すること、すなわち、これらのいずれか一方のみを禁止することも是認していると解することが右趣旨に合致するのであり、原告の反論は採用することができない。

4  以上のとおり、本件処分は、本件条例九条三号に基づき適法になされたものと認められる。

三よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官福富昌昭 裁判官森義之 裁判官西田隆裕)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例